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貧乏体験

旦那の借金のせいで貧乏になってしまいました

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50代女性専業主婦です。私には子供が3人おりますが、いわゆるバツ1です。20代後半で会社の同僚と結婚しましたが、その頃には主人の収入も年収400万円と少々少なめでしたが、私も会社を辞めパート収入で何とか子育てとの両立が出来ていました。生活も子供の保育所費用にパート代を充てることで何とかなり、貯金も毎月2万円ほど出来るような感じになっていました。

正直なところ不安など無かったのですが、3人目が出来た頃に一変します。主人は結婚前からパチンコが好きで週に3回は打ちに行くような生活をしていましたが、当時は何とか自分の稼いだお金で遊んでいました。それが結婚して自分の使う小遣いが減り、自分の時間も減ったことでストレスが溜まっていたようで、子育てで何かとお金が掛かると言うことでいろいろお金の工面をお願いしていたのが嫌だったようです。

初めは渋々出していましたが、そのうちパートでもっと稼いで来ればいいだろう、と言うようになり、次第に家にいれるお金も食費程度に減らされる状態になりました。それと同時にどうやらパチンコで負けた分をサラ金から借金していたようでパチンコで負けると八つ当たりするようになりました。

暫くはきちんと返済をしていたようで家に返済督促の通知など来なかったのですが、ある時サラ金からの督促通知が届き、サラ金の名前が書いてあったことが気になってつい中を見てしまいました。そこには返済が滞っている事が書いてあり、借金の総額は約300万円にも膨れ上がっていることが判明しました。

その夜問い詰めると逆ギレ状態になり、離婚を提案されました。こちらも売り言葉に買い言葉だったので何も考えずに判を押すと翌日には役所に提出し離婚成立となりました。その頃にはもう普段の生活からして愛想が尽きていたので清々した気持ちになりましたが、借金があるということで養育費ももらえず子供3人はこちらで引き取ることに。そこからが大変な生活の始まりでした。

実家に戻ると言う選択も考えましたが、家にはひきこもりの弟がおり、とても戻る気にはなれませんでした。それに実家もそんなに裕福ではないため頼るのも悪い気がして戻れませんでした。

子供は一番上が小学校に入る頃でしたが、パート代と市の母子家庭優遇でやっと生活できる程度でした。子供がみんな小学校の頃にはやりくりできていましたが、中学校に入る頃には部活の用具やら参考書代やらで、会社員時代からの貯金を切り崩す生活になっていました。

一時期は修学旅行など余計な出費が嵩んで貧乏生活へ突入してしまいました。食べるものも我慢し洋服も買えずでもっと稼げるような夜の仕事でもしようかと考えましたが、子供を置いて夜中に家を空けることは出来ず昼間の仕事の時間を増やすことで対応していました。

そんな生活が数年ほど続いた頃に、2番目が高校に行くようになりましたが、家の生活が苦しいのを察してか奨学金をもらう手筈を自分で整えそのお金で高校へ行くことにしました。正直親としては責任を果たせず申し訳ない気持ちでいっぱいでしたが、3番目もいることでしたのでそうして貰うことにしました。

再婚という選択肢もありましたが、また同じような人だったらという不安から出来ませんでした。今では子供3人とも社会人になり自立していますが、要らない負担を掛けたなと後ろめたい気持ちでいっぱいです。

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