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貧乏体験

千円で付き合える女と言われていた貧乏時代

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母子家庭で育ち、母親はプライドが高く職場で嫌なことがあるとすぐに辞めてしまうため、いつも家計は火の車でした。ボロボロのアパートに母と姉と私の三人で暮らしていました。母は、見た目にだけは気をつかい私と姉はブランド物の服を着せられていましたが、ご飯が食べられなかったり、電気が止められたりすることもしょっちゅうありました。

成長期の私には給食だけが唯一の楽しみでいつも一番に食べ終わってはおかわりをもらっていました。時には余った食パンを家に持って帰って夕食代わりに食べることもありました。お腹がすいた時は、落ちているドングリやその辺に生えている葉っぱも食べていました。

綺麗な服を着ていたからか小学生のうちはいじめられたり、からかわれたりすることはありませんでした。ですが、中学生になってみんなが制服になるとそうもいかなくなりました。中学校は基本的にはお弁当で給食がなくなります。私はいつもお腹を空かせるようになり、食べ物が落ちていないかよく公園などをさまよっていました。また、大量に駄菓子を買ってそれでお腹を満たすこともありました。そのような私の行動に気が付いた同級生から、貧乏とからかわれるようになりました。

当時は、学校で必要な絵具や彫刻刀も購入することができなかったので、それも噂を加速させた原因です。そのうち、千円払えば簡単に付き合って体の関係も要求できる女という噂が流されるようになりました。

私は、プライドの高い母のせいで見た目だけはきれいに育てられていました。学校に行くと男子からスカートをめくられたり、百円やるからキスしてと言われたりするようになりました。実際にお金をもらったことも肉体関係になるようなことはもちろんありません。ですが、男子の集団に制服を脱がされそうになったことはあります。女の子からも次第に距離をおかれるようになり、さびしい中学生時代を過ごしました。

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成績は優秀な方でしたが、高校も大学も学費は出さないと母に宣言されており自分のレベルをかなり下げて受験するしかありませんでした。中学の時に、男子の欲望の対象にされたことがトラウマになり高校生以降もまともな男女交際ができませんでした。自分には、価値がなく男に従うしかないという思いがありました。

大人になってもそれは変わらず、結婚で失敗し今はシングルマザーとして二人の子供を育てています。早くに結婚と出産を経験したため、まともな仕事につくこともできません。
ですが、貧困の連鎖を自分の代で止めたいという思いはあります。私の子供達には、自分に劣等感を持たずに幸せな家庭を築いてほしいです。そのため、今は資格取得の勉強をして一人でも子供を育てていける仕事につくことを目標にしています。

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