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貧乏ブログ

充実した生活からの転落

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私は45歳の女性で、2年ほど前まで地域では有名な和菓子屋さんの事務として働いていました。

事務所の2階は社長室で、事務所の従業員は私ともう1人の事務員。

その他の社員はほとんどは工場の作業員や配達員といった構成でした。

小さな職場ながらも働きやすく、社長も気風が良く、昇給や臨時ボーナスもバンバンと頂け、年収は500万円を越えていました。

しかし不況や若者の和菓子離れなど会社は経営難を強いられる事になり、業務を縮小せざるを得なくなりました。

そうなると人員整理は必死で、私は真っ先にリストラの対象となってしまいました。

結婚もしていなければ彼氏もおらず、それまで贅沢三昧の生活をしていたので貯金も僅か。

すぐに新しい職探しをしましたが、年齢や資格が無いので苦戦を強いられ、あっという間に1ヶ月が経過。

このままでは生活が出来なくなると焦り、職安の職員にとりあえず何の仕事でもいいから働かせて欲しいとお願いする事にしました。

そこで紹介して貰ったのが、福祉施設での介護職員。

今まで肉体労働は経験した事が無く、自信はありませんでしたが、贅沢を言っている状況ではなかったので、仕方なく介護員として働く事にしました。

最初の3ヶ月は試用期間の為、時給800円という待遇で、正社員になっても年収350万円程度と、前職と比較すると大幅な収入減は確実となってしまいました。

とりあえずこれまでの生活水準では毎月赤字になってしまう為、家賃9万円の所から5万円の所に住み替え、車も泣く泣く手放す事に。

趣味としていたテニススクールも退会するなど、毎月生活するだけでやっとの状態。

高齢者の汚物処理をしながら「なんでこんな貧乏な目に合わないといけないの。今まであんなに楽しかったのに。あの時代に帰りたい。」と思わず涙がポロリと漏れました。

そんな地獄のような生活の中で、さらに私は奈落の底に落とされてしまいました。

慣れない身体介護により、腰を痛めてしまい、2週間ほど仕事を休まざるを得えなくなりました。

正職員にはなっていたものの、有給が無く、休んでいる間は無給の状態。

腰が痛くて辛い状態なのに、食費を削減せざるを得ず、毎日カップラーメンばかりの生活。

本当に生きている意味って?と感じさせられる日々でした。

現在は仕事や生活にも慣れ、それほど苦痛には感じなくはなりましたが、時々前に働いていた職場のホームページを見ながら「あの頃は良かったな」と涙しています。

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