貧乏

子供の頃の貧乏で悲惨な体験です。

私は現在31歳で、私が生まれた時に両親が離婚をし、母親と兄と3人で暮らしていました。

 

父の顔は写真でしか見たことがありません。木造の1DKの古いアパートに暮らしていました。

 

母は家庭環境に恵まれておりませんでしたので頼れる親戚はおらず、幼い頃は祖父が何度か家に遊びに来たことがあったと思いますがのちにそれは金の無心であったことが分かります。

 

そんなこともありましたので本当に家族3人きりで生活をしていました。

 

母は警備会社に正社員として勤めていて6~7歳頃まではお給料日には母の勤務先まで電車で向かい一緒に外食をしたり頻繁に新しい洋服を買ってくれていた記憶があります。

 

しかし理由は分かりませんが、母はクビになったと聞きました。その日からの思い出はそれまでと異なり始めました。

 

兄は5歳離れており月にいくらかのお小遣いをもらっていましたがある日母が兄に「お小遣いはいくら残っている?」というようなことを聞いていました。

 

いくら残っていたのかは分かりませんが母親が買ってきた「かにパン」がその日の3人の晩御飯になりました。

 

かにパンはかにの形をしたパンが2つ入っているだけの当時100円もしないようなパンだったと記憶しています。

 

貧乏な為電気が止まった時もありました。小学校の行事費用の提出は常に遅れていたので子供ながらとても恥ずかしい気持ちと惨めな気持ちになりました。

 

母に行事費用について話しても「実際の期限より前に集金しているから大丈夫」と言われてしまったりしていました。

 

洋服も新しいものなど買ってもらえることもなくなりいつまでも同じ服を着ていたり兄のお下がりだったり母のフリースを着て学校に行っていました。

 

中学生に上がってから母には彼氏が出来ましたがそれが更に家計を悪化させました。

 

それまでの母の貯金は競馬やパチンコなどが好きな彼の生活に使われることになり、より貧乏になりました。

 

その頃には母はあまり子供の存在をよく思っていなかったかもしれません。

 

お金が無いと心の余裕もなくなりますし、母は私と同じで幼い頃両親の離婚などがあり、また若くして結婚し離婚したので男性の愛に飢えていたかもしれません。

 

しかし子供の頃の私にはそんなことが理解できるわけもなく何とかならないかとバイト情報誌を見て14歳くらいの頃に16歳と偽り清掃のバイトに履歴書を出したこともありました。

 

でも子供心に「やはりお母さんにばれるかもしれない」と断念しました。

 

周りの子はPHSを持ち始めたり可愛い洋服を着ていたりしていたので自分への惨めさが止まらず「何とかばれずに私でもお金がもらえないかと」手を出したのは当時流行っていたテレクラでした。

 

近くの公衆電話からフリーダイヤルにかけて当時15歳になっていた私は2度、成人男性の相手をすることでお金をもらいましたが、15歳の私が持つには大きなお金ですが心を傷つけ、耐えた時間の割には安いお金でした。

 

後悔したことはもちろんありますが今思い返しても、その選択は自分では仕方が無かったかなと思っています。

 

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