貧乏

時間もお金もない専門学校生時代。

デザイン専門学校に通っていた頃に一人暮らしをしました。

学校までは通える距離ではあったのですが曽祖母の介護同居が決まったため使いやすい一階の部屋を空けなければいけなかったからです。

課題が多くあまりバイトの時間も取れず、曽祖母の介護もいつまで続くのか、それまでの入院費も高額で家計が苦しいのも見て取れたので、貧乏一人暮らしをしていました。

まず削れるところは食費です。基本的に自炊ベースでパンやパスタでお腹を膨らませるようにしました。

飲食のバイトを夜に入れまかないで晩御飯を取り栄養を取っていました。

連休やラストなど周りの嫌がるシフトにも入っていたのを評価されたのか、他の子より時給を上げてくれたり周りがとても優しくしてくれ救われました。

店長が残ったご飯を持って帰っていいよと言ってくれ、おにぎりにして持って帰り冷凍していました。

家に遊びに来た友達が氷を取ろうと冷凍庫をあけてギッシリつまった冷凍おにぎりを見て大笑いされ気まずくなりましたが、翌週にその子が実家から送ってもらった明太子をもらい仲直りしました。

ベランダでプチトマトを育てたりネギ、豆苗の再利用をしていました。

実家住まいの同級生は飲み会をしたり楽しんでいましたが、仕送り一人暮らし組(節約生活)の子と絡むようになると食材の分けっこや安売り情報の共有をしていました。

自炊に手は取られますが、遊び呆けている同級生よりストイックに課題に取り組んでいたので成績は良かったです。

デザイン系だったので画材などの出費も多く、「来週までに●●(5000円くらいする画材)買って来といて」と急に言われるのでかなり苦しい思いをしました。

一番しんどい思いをしたのは、政令指定都市の家賃です。学校のある中心地からは少し離れたエリアでしたが家賃は5万円程かかってしまいました。

学生が一人暮らしするエリアで夜は駅前やコンビニ前で騒ぐ人たちが多く、20歳そこそこの一人暮らしは目をつけられて家までついてこられたり、腕を掴まれたりして慌ててタクシーに乗って逃げたら財布にお金があまりなくて「これで行けるところまで」と運転手さんに小銭を渡したこともありました。

携帯、電気、ガスは何度か止まりました。

学校帰りの夕方から閉店まで仕事をして家で課題を朝方までして、朝から学校という生活で10kgほど痩せましたが、2年になって単位が取れ始めると、授業の曜日をまとめて取り平日2日をフルタイムバイトにあて前期のうちに貯金を作り、後期は就職活動と卒業制作をしながらで時間もなく、水道水とパンで過ごしていました。

若くて健康ではあったので時間があれば貧乏な生活はどうとでもなるのですが、時間もお金もない貧乏は本当に辛かったです。

卒業後には曽祖母が亡くなり介護が終わり、母も仕事に戻れたので金銭的に余裕ができたようです。学費は奨学金で社会人になって完済したというと、「親が学費払ってくれないのひどいね」と言われます。

でも、曽祖母の介護が始まった時「進学やめて介護して」「進学やめて働いて」と言わずに自分のキャリアを諦め介護を選んでくれた母に今でも感謝しています。

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