貧乏2

中学の制服の悲しい思い出

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3人姉妹の末っ子のわたしです。

家はとても裕福な環境とはいえず、親から与えられる服はおさがりばかり。自分でもわかるほど、家は貧乏だったと思います。

ちょうど、3歳ごとに離れており、小、中、高校と入れ違いだったので制服は基本的に新しく新調されたことはありませんでした。

3人姉妹で、末っ子の私のところに下りてくる服は何かしらのぼろが出ています。

Tシャツの胸のあたりに穴が開いていたり、(当時、小学生は名札を胸につける決まりがあり、毎日Tシャツに名札をつけていたので穴が大きくなっていた)

ズボンの膝に穴が空いていたり、、、。

なので、私はおしゃれな服を着たいと常々思っていましたが、その夢がかなうことは学生時代ありませんでした。

そんな毎日を過ごす中で、私の家が「貧乏」だと感じた瞬間は、母と一緒に散歩した時のことです。

近所には母より年が2個上のおばさんがいました。おばさんとは、とても仲が良く、母親同士も子供同士もよく遊ぶ中でした。

特に母親と散歩にいけば、おばさんのところへいき、井戸端会議をしては、家に帰る。というのが私と母親のルーティンワークでした。

その日もおばさんがいたので、母親はおばさんとお話をしだしました。なので、わたしはお決まりの土いじりをしていたときのことです。

話を聞くと、ちょうどおばさんの娘が昨年中学校を卒業したらしく、中学校の制服を捨てる予定だということを話していました。

その話を聞いた私の母親は目をキラキラさせて、「それであれば、うちの娘がいつかは中学に入るので、ぜひ服を譲ってほしい」といったのです。

「正直、勘弁してよ・・・」と私は思いましたが、おばさんの顔を見ると少しタジタジの様子です。

そりゃ、いやですよね?仲がいい近所付き合いとはいえ、自分の娘の服を他人の家族の女の子が着るわけですから。。。

しかも、ジャージには名前が刺繍されています。どうする気なのでしょうか、、、。

すると、私の母親は「今から受け取るための袋を持ってくる。」と私と一緒に急いで家に帰りました。

おばさんはタジタジしつつも、別にいい。といった回答をしていました。

急ぎ足で家に帰ると、母は大きな紙袋を抱えて、おばさんの家に移動しました。

おばさんは、いい人です。事前に服をまとめてくれていたので、それをきれいに紙袋に入れて、お礼をいいました。

私はその光景をみて「なんて、私の家は貧乏なのか」とあっけにとられました。

その後、家に帰ると母は刺繍をほどき、自分の家の名前に変えてしまいましたがどう見てもおかしな刺繍です。

しかし、私は抗えることもなく、その服をきて、中学校に通いました。

貧乏って、人の感覚をおかしくさせますが、ものを大切にするという気持ちも程度というものがあると思います。

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