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我が家は母子家庭であることだけではなく、4人姉妹であり一番上は次女と三歳離れているものの、他はみんな年子で入学シーズンが来ると三年間毎年入学シーズンが到来しつつ卒業するものも出てきたりと、お金がかかる家庭でした。
そのうえ、母親は働くことが苦手で楽しようという考えしかないため、家計は火の車で貧乏という言葉は我が家のためにあるとさえ思っていました。
給食費が払えないのは当たり前、ガスが止められてお風呂に入ることができないものの、年頃の女の子がお風呂に入らずに学校へは行けずに冬でも水風呂に入り、風邪をひいても根性で治さなくてはなりませんでした。
しかも、家族全員で夕方に散歩に行くのは幼い頃の日課で、散歩に行っては草を取り、それが夜ご飯になるなんてことも多々ありましたし、それが普通だと思っていたため、「この天ぷら美味しいよね」と言って友達を引かせてしまったこともあります。
そんな貧乏な我が家ですから、当然のごとく電気も止まります。
そのため、我が家には業務用のようなろうそくを大量に常備しており、期限内に電気代を支払わないと供給を止めますという手紙を受け取っている母は、その日になると至るところにろうそくを設置して歩き、我が家にひとつしかない付きの悪い懐中電気を準備して、まさに準備万端の状態で電気が止められるのを待つのです。
そのため、我が家では電気が止められることを「ろうそくパーティー」と呼んでいます。
「明日くらいからろうそくパーティーだから」と母に言われて、何にも不思議に思わない私は素直にろうそくパーティーの日かと受け入れていました。
ろうそくパーティーの日は早めに宿題をしてお風呂にも入り、ご飯はみんなでろうそくの灯りを頼りに拾ってきた葉っぱの天ぷらをいただきます。
小さい頃は惨めだとは思わずに、パーティーと言われるとなぜか楽しくなったものです。
明るいうちにお風呂に入ることができなかった時には、ろうそくをお風呂に持っていき、ちょっとロマンティックな気分でお風呂タイムを過ごします。
そのため、密かにろうそくパーティーを楽しみにもしていました。
居間のテーブルにろうそくを置いて、トランプをして過ごしたりしていましたが、思春期になるとさすがにろうそくパーティーではごまかされず、電気が止められるのは恥ずかしいことなのだと長女が理解してからは、我が家ではろうそくパーティーと呼ぶことはなくなりました。
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