貧乏

夫が無職に・・貧乏生活始まりました

夫が適応障害になりました。数年間無職になった時期があり、その時毎日貧乏生活が非常に苦しかったです。

今でも時々あの時の事を夢で見ることがあり、うなされて起きることがあります。それぐらい辛かったです。

ある日夫が「会社辞めてきた」と言って帰ってきたんです。最初は冗談かと思ったのですが、真顔の夫を見て本当なんだとものすごくショックを受けました。

夫は心療内科へ行くと適応障害だと診断され、しばらくは家でゆっくり休むように言われたと夫は言いました。

私は適応障害について全然知らなかったのですが、生活の中で生じる様々なストレスに上手に対処することができず、抑うつや不安感などの精神症状が現れ日常生活に支障をきたす病気だと知り、最初は夫に同情して私が一家の大黒柱になるしかないと思いました。

昼間パートの仕事をしていたのですが、それだけでは生活が苦しい為、昼と夜と仕事をかけもちして働くことにしたんですよね。

それでも子供が2人いて色々とお金がかかりますし、夫の病院代、夫はストレスをためないようにと趣味にお金をかけるので、生活が苦しく困りました。

食事はおかずは一品が当たり前で、子供達には申し訳なく思いましたね。子供たちは事情を理解してくれましたが、自分が情けなく思いました。

水道・光熱費を節約したかったので、お風呂は3日に1回、夜は電気代がもったいないので早めに寝るようにしました。

美容室はいけないので自分で髪を切り、メイクアップ化粧品やスキンケア化粧品は100円均一のお店で買いました。

当然、肌が少しずつ荒れて老化し、シワや毛穴が目立つようになってきて悲しかったです。

毎日クタクタになって仕事や家事をしているのに、夫は家でゲームをしたりテレビを見たり昼寝をしているので辛かったですね。

どうして自分だけがこんなに必死に働かなければいけないんだと。でも、夫は病気だからできるだけ彼にストレスを与えないようにしようと歯を食いしばって頑張りました。

一番みじめだったのは、服や靴下に穴が開いた時に買うことができず、自分で縫って穴をなんとかしたことです。子供たちの服や靴下も同じです。

下着も買うことができず、穴が開いたら縫っていました。縫いながら涙が出てきました。

そんな生活が数年間続きましたが、なんとか夫が就職してくれたので我が家の貧乏生活が終わりました。

辛くても実家の両親、友人達に頼ることはできず、1人で頑張りました。お金がないのは身体的にも精神的も病みますね。

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